ハムに黒胡椒をまぶす理由は?製造現場の視点で解説

ハムに黒胡椒をまぶす理由は?製造現場の視点で解説

ハムに黒胡椒をまぶす理由は、主に香り・辛味・食感・見た目をつくるためです。保存のためではなく、風味と外観の設計にあります。

私たちハム工房 HISAMATSUでは、肩ロースを使ったペッパーハムを作っています。肩ロースの表面を黒胡椒で覆う工程には、見た目の美しさだけでなく、製造上の理由があります。

この記事では、黒胡椒の歴史、香りと辛味の成り立ち、そして当工房が胡椒をまぶす手順と理由をお伝えします。

ハムに黒胡椒をまぶす理由は?歴史と保存の視点から

黒胡椒はかつて高価な香辛料だった

黒胡椒は、インド南西部のマラバル海岸一帯が原産地です。古代から海を越えて取引され、古代ローマの料理書にも、胡椒を使うレシピが登場します。

中世のヨーロッパでは、貴重な品として扱われました。胡椒は、肉料理の味を整える香辛料として、長く親しまれてきました。

「保存のため」と思われがちな理由と実際

「昔は肉の保存のために胡椒を使った」という話を耳にします。しかし、歴史研究では、保存目的を裏づける確かな根拠は乏しいという見方もあるようです。

現代のハムで保存性を担うのは、主に塩漬け、亜硝酸塩などの使用、燻製、加熱、冷蔵管理です。米国農務省食品安全検査局(USDA FSIS)も、塩や亜硝酸塩が保存性、色、風味に関わると説明しています。

黒胡椒の抗菌作用を調べた研究はあります。ただし、実験条件での結果と、ハムの表面にまぶした量で保存性が高まるかどうかは別の話です。私たちは、黒胡椒を風味をつくる香辛料として使っています。

黒胡椒は、ハムの味と香りをどう変える?

香りをつくる揮発性成分

黒胡椒の香りは、ひとつの成分では決まりません。サビネン、リモネン、α-ピネン、β-カリオフィレンなど、多くの揮発性成分が組み合わさっているという研究報告があります(Ashokkumar et al., 2021)。

揮発性成分とは、空気中に広がりやすい香りのもとです。産地や品質、加工条件によって、成分の構成は変わります。

辛味のもとになるピペリン

黒胡椒の辛味に関わる代表的な成分が、ピペリンです。唐辛子のカプサイシンとは別の化合物で、辛味の知覚に関わる受容体を介して刺激を生じると報告されています(Zou et al., 2024)。

そのため黒胡椒を加えると、豚肉の味に加えて、口の中で感じる刺激に変化がつきます。

脂・塩味・燻製香との重なり

ハムの味は、豚肉のうま味、脂の風味、塩漬けの塩味、燻製の香りで成り立っています。ここに黒胡椒の香りと辛味が重なると、脂の甘みを引き立てる可能性があります。味わいが引き締まって感じられる場合もあります。

燻製の香りと胡椒の香りが重なり、香り全体に奥行きが出ることも考えられます。

ただし、黒胡椒が脂の甘みや塩味を増すと断定はできません。感じ方は、胡椒の量や粒の大きさ、脂の量、塩分、燻製の条件で変わります。

切る・噛む・焼く。胡椒の香りはどう変わる?

切るとき: 粗挽きの粒が包丁で切られたり砕かれたりすると、内部の香気成分が空気中に出やすくなります。切り分けた瞬間に胡椒の香りを感じやすいのは、このためと考えられます。

噛むとき: 噛むと粒が砕け、香りと辛味が口の中に広がります。表面に胡椒がある場合、舌に最初に触れるのは胡椒です。肉の内部に混ぜ込んだハムとは、刺激を感じるタイミングが異なる可能性があります。しっとりした肉に粒を噛み砕く感覚が加わるので、食感にも変化が生まれます。

焼くとき: 加熱すると、ハム自体の香ばしさと胡椒の香りが重なります。一方で、香気成分は揮発しやすい性質があります。加熱が強すぎると、香りが弱まる場合もあります。

当工房の職人は、軽く焼く食べ方をすすめています。すでに加熱してあるハムなので、焼きすぎないのがコツです。

当工房はなぜ、塩抜き後に乾かしてから胡椒をまぶすのか?

当工房のペッパーハムは、塩漬けにした肩ロースを、液から取り出して少し塩抜きします。表面が少し乾くまで時間をおいてから、全体に粗挽きの黒胡椒をまぶします。そのあと、乾燥、燻製、加熱の工程へ進みます。

表面が乾くまで待つ理由

塩抜き直後の肉は、表面に水滴が多く残っています。この状態では、胡椒が肉にうまく付きません。

さらに、フックにかけたり次の工程に移したりする間に水滴が滴ると、胡椒が流れ落ちます。付き方がまばらになることもあります。そこで、表面が少し乾くまで待ちます。

肩ロースの表面を覆うほどまぶす理由

肩ロース一本の表面を、胡椒で覆い尽くすほどまぶします。見た目の美しさもありますが、理由は食感にもあります。

ブロックでもスライスでも、胡椒が均一に付いていれば、意図した食感を安定して出せます。ペッパーハムなのに胡椒が付いていない一枚ができる事態も、防げます。

辛さは控えめ。スライスでは縁に胡椒が残る

お客様から「辛くないか」と聞かれることがあります。当工房のペッパーハムでは、胡椒は断面ではなく縁に付いています。そのため、刺激は控えめに感じられる仕上がりです。

ただし、辛さの感じ方には個人差があります。気になる方は、縁の胡椒をよけて召し上がることもできます。

結び:胡椒の付き方を見ると、ハムがもっと面白くなる

ハムに黒胡椒をまぶす理由は、香り、辛味、食感、見た目を組み立てるためです。保存性を支えるのは、塩漬けや燻製、冷蔵管理です。

ペッパーハムを選ぶときは、胡椒の粒の大きさや付き方に注目してみてください。切った瞬間の香りと、噛んだときの粒の感触も、味わいの手がかりになります。同じ黒胡椒でも、付け方で印象は変わります。

よろしければ、当工房の製法を紹介した塩漬け10日、桜チップで燻製|肩ロースのペッパーハムもご覧ください。

参考文献

  • Ashokkumar, K. et al.(2021). Phytochemistry and therapeutic potential of black pepper [Piper nigrum (L.)] essential oil and piperine: a review. https://doi.org/10.1186/s40816-021-00292-2

  • Zou, R. et al.(2024). Preparation, pungency and bioactivity transduction of piperine from black pepper (Piper nigrum L.): A comprehensive review. https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2024.139980

  • USDA FSIS, Hams and Food Safety. https://www.fsis.usda.gov/food-safety/safe-food-handling-and-preparation/meat-catfish/hams-and-food-safety

筆者について

久松勇斗

久松勇斗

ECエンジニアから、ハム職人へ。

2021年に新卒でアクセンチュアに入社し、大手企業のECサイトをつくるエンジニアとして経験を積んできました。現在はその経験を活かし、家業であるハム工房 HISAMATSUのオンラインストアを運営しています。

IT業界から食肉製造業へ。将来はハム職人として家業を継ぐことが目標です。今はECを通じて、手づくりハム・ソーセージの魅力を全国へ届けています。

一番好きな商品はアイスバイン。

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